こんにちは。
今回は以前からちょいちょい思っている僕の考えをただ書いていきます。
あくまで考えている事で、この考えが絶対正しいってわけではないです。
「映画館として正しい音」とは
映画館として正しい音ってなんだろなっていつも考えています。
スタジオで作られた音を忠実に再生するのが正しいんじゃないの?
と思う人がほとんどではないでしょうか。
確かにそれも一つの答えですが、それは作った側だけの視点ではなかろうかと思います。
そりゃあ作った神様なのだから絶対ではあるとは思いますが、スタジオの音と設備の音はそもそも属性もジャンルも変わります。
それに、映画館音響のXカーブなどの音に対する基準というのは、1930年代の最初期まで元をたどれば映画館の「音」をスタジオでも再現して映画館で遜色なく再生できる音が作れるようにという考えが発端なので、「スタジオ側の音を再生できるようにする基準」ではなく「映画館で再生する事が基準」なので逆なんです。
なので最近の個人的な考えは
「作られた音をスタジオそのまま」
ではなくて
「この劇場のシステムで掛けた場合の作品の音」
というのを重視しています。
どいう事?って思うかと思うので解説します。
「この劇場のシステムで掛けた場合の作品の音」とは
まずすこし極端に平たく説明します。
たとえば、スタジオはなるべくピュアな音を汲み取らないといけないので結構デッドに作る場合が多いです。
しかし、映画館は空間が広いので少しライブな環境になります。
昔はデッドにする事大事と思われていたので、デッドに仕上がっている劇場も多いですが、空間分はやっぱちょっとライブになります。
そして僕のいる劇場は特にライブな環境です。吸音材ほとんど使ってないしコンクリの床なので響きます。
なのでたまに製作者の方が来た時には、音を聞いてこの響いている音を作った時に近づけようと少しデッド気味の音の方向へと要望を言われる事が多いです。
電気的な調整になるので、大概は直接音がどんどん痩せていく方向にもっていくことになります。
で、響き的にはデッドの時のようななるべく響く帯域を削った音になるわけですが、これはシステムの音としては正しくないと思っています。(ルームアコースティックを調整するという意味ではなく、音としての調整をしている場合の話)
空間に対する響きまで一緒に加味されたのがシステムの音と解釈しています。
その結果、直接音自体がスタジオで作った時の音とは違うなんか良さが分からない音になります。
そしてスタジオのスピーカーの音に近づけようとした結果、電気的な補正が強くなるにつれてスピーカーの特性というのは悪い方向にどんどん狂っていくモノなので、僕の劇場の良い音が消失するわけです。二つの意味でいい事がありません。
結局どうするのが良いのだろうか。
と考えると、しっかり適切なチューニングがされた劇場ならばの話ですが
「スタジオで作った音をこのシステムで鳴らすとこう鳴っているのが正しい」
という状態を受け入れるのが大事な事だと考えています。
しかし、これを分かってもらうのはかなり難しいです。
何故かというとスピーカーから鳴る音の仕組みと空間で響く音の仕組みをある程度分かってないといけません。単純に響いてる響いてないの違いだけではないです。音の到達の仕方とかも全て含めての響きです。
この「響き」と「作品の音」が一番ナチュラルに共存するという所を考えるようにしています。
そしてそれらが最適に共存できた状態を「映画館として正しい音」として位置付けています。
正しい「音」・正しい「体験」
製作者がスタジオで作った音をそのまま再生出来たものは「正しい音」だと思います。
それはそう。
作品である以上、製作者へのリスペクトは絶対です。
しかし、映画館としては一番に考えたいのはお客様です。
お客様の時間を頂いて、チケット代を頂いて、映画という作品を観ていただくわけです。
そこまでコストを支払っているお客さんの大多数は「正しい音」かどうかより「正しい体験」かどうかの方が優先順位が高くなるわけです。
極端な話、完璧に作品の正しい音が上映できる劇場があったとして、アクション映画で派手な映像なのに耳を澄ませてようやく聞こえる音ぐらい小さい音の作品があったとしましょう。
そう作られたのだから「正しい音」です。
お客さん満足しますか?よほど奇特な人でない限り満足しないと思いますし、なんなら最悪な2時間だったなと感じると思います。
そして、よほど映画に精通した人でなければ「この作品はこいう音」とはならず「この映画館は音めっちゃちいせえんだけど!!!」と映画館にヘイトが向きます。
映画館としては最悪です。でもお付き合いの兼ね合いがあるので、製作者にお前の作品音が悪すぎてやばいんだけど!!みたいな事も言えなければ売り上げにもろに直結します。
※補足ですが、わかりやすいかと思って書いたので映画の音が悪いのが悪いという事を言いたいわけではありません。
映画館としては「正しい音」を馬鹿正直に追い求めるだけではなく「正しい体験」をしてもらうための映画館側の采配も必要になるという事です。
直接お客様と勝負する現場でもある映画館としては、お客様には正しい「体験」をしてもらってその鑑賞体験を持ち帰ってもらう事が一番大事と考えます。
そして「体験」に関しては、長年直接お客様に多種多様な映画を贈り続けてきた映画館の方が圧倒的に造詣が深いです。ここだけは絶対的な自信があります。
ということは、映画館としての立場では「正しい音」を理解した上で「正しい体験」をお客様に届ける事が目標であり目的かなと。
それにその「体験」を各映画館が求めていくからこそ色々な劇場の「色」が生れると思うので、色々な映画館で観る楽しみが生れて、サブスクが強くなってきているこの時代に、新たに映画鑑賞の文化がさらに広まると思っています。
「体験」は正解というモノがないと思っているので、お客さんは好みの体験ができる映画館に行くという選択が広がるわけです。
この体験は音だけに限らず、映像や映画館の雰囲気とかも含みますね。
余談ですが「映画を作った」で終わらず「映画を届けた」までが映画製作ではなかろうかと個人的には哲学みたいに考えています。つまるところ映画館も製作側なのではと。まあこれはあくまで個人的な考えで人に強いるつもりはありませんし、あまり賛同されないと思っています。
とまあざっくりアウトフレームだけの乱文になってしまいましたが、なんかそんな事を最近考えている時間が多いです。
もっと知識とかあればちゃんとテキスト化できるんだろうけども、まあしょうがねえ本能で生きてるんだIQなんて3しかないよ。チルノだよ。


